ソドー島には機関車の何倍もの、沢山の貨車がいる。
大きな積荷を多く運ぶためには必要不可欠な存在だが、制御できないほど悪戯好きの貨車もいれば、優しくて真面目に働く貨車もいる。
島では特に、古くて厄介な貨車のおかげで事故を起こすことも多いが、もし貨車たちが事故を起こしても、トップハム・ハット卿は彼らを叱る事は出来ない。
なぜって、ほとんどの貨車は彼が管理している物でなく、他の会社の私物ばかり。万が一の時、弁償する立場にあるのはハット卿の方にあるのだ。
ある朝、双子の機関車ビルとベンは陶土をたくさん積んだ貨車を港へと運んでいた。
幸い、夏の日差しのおかげで陶土が湿っぽくなることは無かったが、彼らは時間に遅れていたので、カバーも被せずに専用線をあわただしく走っていた。
彼らは排水路へ降りる下り坂に差し掛かった。すると、後方で列車を支えるビルが、
「そんなに引っ張るなよ。この坂を急いで走ったら、脱線しちゃうよ」と、慌てた。
それを聞いたベンは、「僕は引っ張ってないよ! 君が押してるんだろ」
と、文句を言う。2台はお互いに言い争いを始めたが、それはどちらの所為でもなかった。ビルもベンも、きちんとブレーキをかけて走行しているからだ。その時だ。
『ガコン! ガシャン! ズズズズ…』
突然、何かに躓いたかのように、真ん中の貨車が勢いよく弾んで脱線してしまった。
幸いにも、港にいたハーヴィーがすぐに救助に駆けつけてくれたおかげで、思ったよりも早く片付いたが、この一件で仕事に遅れが出てしまった。
双子が怒られるだろうとビクビクしながら、操車場で給水しているところへ、トップハム・ハット卿が駆け付けた。
「事故は、君たちが 原因ではないと思うが、これからは 貨車にも きちんと カバーをかけて―」
「それもこれも ベンの所為なんです。出発前で バタバタするし、坂で 引っ張るし…」
と、ハット卿のお小言を遮るようにビルが口を挟んだ。
「僕は 引っ張ってないってば。悪いのは 乱暴に押した、き・み・だ・よ」
と、ベンも言い返す。
お互いつばぜり合いを始めようかというところで、ハット卿が大きく咳払いをした。
「と・に・か・く、これからは もっと用心して 運びなさい」
帰りの列車では、貨車に石炭を積み込むことになっていた。今度は重連になって貨車を牽引する。ビルは、まだ疑っていた。
排水路への道は上ったり下ったり、少し険しい道のりだった。列車はそれほど長くは無かったが、先ほど事故を起こした上り坂に差し掛かると、急に後ろへ引っ張られるような感覚がビルとベンに伝わってきた。
「ベン!」
だけど今度もどちらの所為ではなかった。
彼らが言い争いを始めたその後ろで一台の貨車がケタケタ笑っていた。
翌朝、港へ入換え作業を手伝いに来た双子は昨日の件について話し合っていた。
「本当に 君じゃないんだね」
「勿論だとも。僕も 疑って ごめん」
「僕の方こそ、ごめんね。となると…」
「間違いない。オンボロ採石場から来た アイツだよ。錆びついた車輪を 見ただろう」
そこへ、彼らの前を通って、ダグラスが双子のドナルドと一緒に長くて重そうな貨物列車を堂々と引っ張って、港へ入り込んできた。
「うわあ、凄いなあ。あんなに たくさん、悪戯されないのかなあ」
小さな双子は圧倒された。
彼らは最後尾で手助けをしていたドナルドの方へ立ち寄った。
「君たちは、貨車に悪戯されないの」
ベンが訊ねると、ドナルドは誇らしそうにこう答えた。
「昔、ダギーは、役立たずのブレーキ車を 懲らしめたことが あるのですよ。そこからは、貨車たちに 悪戯されることも 無いのです」
昼が過ぎて、陶土の採掘場に戻ってきたビルとベンは、機関庫で作戦会議を始めた。
「僕たちも、あの役立たずを 懲らしめてやろう」
彼らは操車場の真ん中に置かれた貨車の方を見た。それは側面に『ケイリー・ランス』と書かれている古い貨車だった。もう長い事使われていなかったので、ボディはあちこち傷だらけで、入換えようとすれば勝手にブレーキをかける厄介者だ。
「僕は 奴の後ろで待機してるから、ビルは 前から、ギリギリまで押してくれ」
双子は早速実行に取り掛かった。まず、ベンが貨車の入換えをする素振りで、後ろから厄介者の貨車に近づいた。
すると、貨車はいつものようにブレーキをかけて意地悪をした。
「ひっひっひ、諦めな。お前の力じゃ 俺様を 動かせないぜ」
今度はビルが彼の前から勢いよく走ってきた。
「今度は何だ」と、彼が理解する前に事は起きた。
『ミシッ、バリッ、ガッシャーン!』
「あ! やりすぎちゃった。ごめんよ」
ビルがあまりに強く体当たりしたので、貨車はうめき声を上げる間もなく、台車ごと木端微塵に砕け、積まれていた陶土が線路にザーッと散らばった。
双子はまたトップハム・ハット卿に怒られるだろうと思った。本当は壊すつもりなど、これっぽちもなかったからだ。
事故の知らせを聞きつけてやってきたトップハム・ハット卿と監督は、カンカンに怒った貨車の持ち主を宥めていた。
「なんて 乱暴な機関車なんだ。この貨車ごろしめ!」
「確かに ビルとベンは悪い事をしました。ですが、この事故は 点検を怠った我々の責任ですよ。見てください、骨組みも、車輪も、ブレーキも、こんなに錆びついている」
貨車は、もう長く持たないのが目に見えるほど脆くなっていた。
これを見た貨車の持ち主はぐうの音も出なかった。
ハット卿は双子にも雷を落とした。
「昨日も言ったが、これからは もっと貨車を 丁寧に扱いなさい。君たちは 強いんだから」
でも、彼は周りにも聞こえるようにわざと声を上げてこう言い残すと、目配せをして立ち去って行った。
ビルとベンは反省したが、その意味はさっぱり分からなかった。
ビルの緩衝器と陶土まみれになったベンは、整備工場で修理され、すぐに採掘場に戻ってきた。あの貨車も同時に修理されたようだったが、幾日が経過しても、二度と採掘場に戻ってくることは無かった。
「貨車が一台減ったから効率が悪くなる」と、ショベル機関車のマリオンは嘆いていたが、ビルとベンはとても満足だった。一番の厄介者が居なくなった清々したし、それに、何故だか他の貨車たちも大人しくなって、平和に働くことが出来たからだ。
おしまい
【物語の出演者】
●ドナルド
●ビルとベン
●マリオン
○ケイリー・ランス
●トップハム・ハット卿
○貨車の持ち主
●ダグラス(not speak)
●監督(not speak)
●ポーター(cameo)
●ティモシー(cameo)
●デリック(cameo)
●ソルティー(cameo)
●ハーヴィー(mentioned)
●意地悪なブレーキ車(mentioned)
【あとがき】
リメイク第6回はP&TI S12 E12より『厄介なケアリー・ランス』(2013年11月20日投稿)でした。2013年と云えば公式S17が放送されたばかりの頃でしたので、クレイピッツに帰ったかどうかわからなかったため、オリジナル版の舞台はファークァー採石場にしていました。
せっかく順調にオリキャラ無しで進めていたので実際のソドー島企業ないし所有人物の設定から肖った物*1を貨車の名前に使えばよかったかもしれないなと後々になって思うのですが、昔使ってたものがまだ残っており、かつ読者からの人気も何故かあったのでフル活用しました*2*3。リメイク版の幾つかの話とアレを除いて二度と出てくることは無いでしょう。
そうそう、【物語の出演者】の観方について一つ。「○」が付いている物はP&TIオリジナルキャラクターです。