セオは、いくつもの歯車を回して走る、恥ずかしがり屋の小さなタンク機関車だ。
彼はレキシーやマーリンと一緒に実験場で実験用に造られたのだが、走る時に歯車が詰まって苦労するなど、実験は失敗として終わったがために、自信を持てずにいる。
セオはいつでも、自分は役立たずで何も出来ないのだと、固く心を閉ざしている。だけど、同時に仲間が静かに安全で暮らせることを願う、優しい機関車でもあった。
ある日、トップハム・ハット卿の鉄道から製鋼所に連絡が入った。セメント工場では今、高炉スラグが大量に必要だというのだ。
スラグとは、鋼鉄を作るための鉄鉱石を溶かす過程で、不要になる物質だ。それはちょうど、製鋼所の外に山のように積み重なっていた。まさにうってつけの仕事だった。
機関車たちは、誰がソドー島に行くかで話し合っていた。列車を牽く機関車と入換え用の機関車が必要との注文だ。
「ちょうどいい機会だ。セオとレキシーもソナー島に 行くべきだ。トーマスに会える」
マーリンが先だって言った。
「ソドー島でしょ。でも、入換え作業は だだだ、誰がやるの」
「私とハリケーンが担おう」
みんなもそれに賛成した。
「そうと決まれば! セオ、貴方が先頭に立って出発よ! 私が貴方を押すから。さあさあ、全速前進だぜ!」
自身が無さそうなセオに、陽気なレキシーが彼の背中をコツンと押した。
「その考えは良くないかも。牛よけが壊れちゃうよ」
「確かに、そーね」
そういうわけで、レキシーが先頭に、続いてセオが連なってスラグの積まれた貨車を引っ張ることになった。鉄が軋む音を響かせて、奇妙な列車が出発した。
彼らは製鋼所や実験場のそばから離れたことがないので、ソドー島どころか本線のルートを知らなかったが、主任とトップハム・ハット卿の連絡を聞きつけて、行く先々の信号手がポイントを切り替えてくれていた。
「おい、どこへ行く。試験車は ここから先へ 行っちゃいけないんだぞ」
途中、ベレスフォードが、運河のそばを通る彼らを見て言った。
「いいの。私たちは もう ただの実験機関車じゃないから。ボクらに ま〜かせて〜!」
と、レキシーが陽気に返す。彼女自身も、仕事にこそ自信はなかったが、できるだけのことはやりたいと思っていた。
彼らは無事にソドー島に到着した。ヴィカーズタウン駅に着いた頃には、彼らは顔を真っ赤にさせていた。貨車は数量程度だったが、彼らには重荷だったのだ。
そこで、一旦連結器を切り離して、燃料を補給しに操車場へ向かった。
島に入ってからそうであったが、大小さまざまな蒸気機関車やディーゼル機関車が忙しなく行き交う様子を見て、セオはとても緊張していた。誰も彼も、みんな自信を持っている。
セオは自分がここにいていいものかと、レキシーのすぐ後ろでうずくまっていた。
でも、操車場には見慣れた姿があった。
「こんにちは、ソドー島へ ようこそ。来てくれて嬉しいよ。みんな、紹介するよ。レキシーに、セオだ。実験用に造られて、僕らより ずっと課題が多いけど、役に立つ機関車さ」
と、ヘンリー。他の機関車たちも動きを止めて彼らを歓迎した。
「キミ達が、マーリンが言ってた機関車だね。初めまして、僕ちゃん フィリップ! これからファーガスのところに行くの? 何か必要なものある? お手伝いなら任せてよ」
と、フィリップも元気に言う。
2台はすぐに彼と仲良くなり、それぞれ安心して重油や、石炭と水を補給したのだった。特にレキシーとは波長が合うようだ。
燃料を十分に補給できた2台は、再び貨車を繋いでセメント工場を目指した。
その途中で、彼らは友達のジェームスにも会った。
「ポッポー! やあ」
「こ〜んにちは〜!」
彼らは汽笛を鳴らして挨拶を交わした。
次々に新しい友達ができてレキシーが楽しそうにする傍、セオはずっとキョロキョロと辺りを見回していた。
「トーマス、どこだろ…」
彼は、馴染み深い友達と、もっと一緒にいたかったのだ。
こうして、2台の実験用機関車達はセメント工場に到着した。そこでは、セオに似た形の機関車や、奇妙な形をした機関車の姿もあった。ファーガスとネビルだ。
「あの機関車とも お友達になれるかしら」
レキシーは自信たっぷりにセオに言った。そして思いっきり声をあげて挨拶した。
「ねーえ、こんにちは! 私は レキシーで、こっちはセオ。私たちは役に立たない実験で造られたの。貴方も そう? まるで ディーゼル機関車みたい」
彼女を前にちょっとだけ困惑するネビルを見て、セオはとても恥ずかしくなった。
「レキシー、レキシー。まずいよ。失礼だよ」
セオは彼女だけに聴こえるように小声で慌てて囁いた。
でも、次の瞬間ネビルは笑顔になった。
「こんにちは、ネビルだよ。僕は蒸気機関車なんだ。だけど、実験用じゃないよ。よろしくね」
セオは、社交的なレキシーに対して、少しハラハラしていた。相手が傷ついていないか心配だったからだ。
レキシーとセオは、セメント工場のファーガスを手伝うことになっていた。
「キミには、そこのネビルに 完成品の貨車を入換えてほしい。簡単な仕事だけど、失敗は許されない。きちんと 取り組んでくれたまえ」
ファーガスがセオに言った。
「失敗は、許されない…」
セオはものすごく心配になって車輪をガタガタさせた。
セオは一生懸命努力を試みた。
だが、相変わらずバックが苦手だった。スムーズに動く時もあれば、歯車が時々噛み合わず詰まる時がある。貨車をネビルに繋ぐとき、何度かぶつかってしまうのだ。
「わ、わ、ごめん!」
彼は用心して石灰の貨車を運んでいたが、後ろにも砂利の貨車があることには気が付かなかった。そして歯車が詰まって彼は後ろの貨車に激突した。
貨車は横に転がり、砂利があちこちに散らばって、ネビルの車体に降りかかった。
びっくりしたネビルはセオの方を見た。
セオは、今のでネビルがカンカンに怒っただろうと思った。
「いーけないんだ、いけないんだ。失敗しちゃって大目玉」
セオに繋がれている、いたずら貨車達が彼を責め立てた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。やっぱり僕は いない方が いいよね。さよなら」
セオは小さな声で謝ると、貨車を待避線に押し出して、セメント工場を飛び出していった。
ネビルが何か言いかける前に。
それから少し経って、採掘現場から戻ってきたレキシーは辺りを見渡した。
「あれあれ、セ〜オ〜?」
「彼なら、さっき 飛び出していったぞ。事故を ほったらかしにして出ていくなんて、まったく けしからん機関車だよ」
ファーガスがぶっきらぼうに言うと、レキシーは動揺した。
「きっと、何かワケが あるんだと思うわ。私たち、まだ 仕事の成功経験が浅いから。彼は とにかく 落ち込みやすいの」
そう言って、彼女はセオを探しにセメント工場を後にした。
取り残されたファーガスは不機嫌そうに蒸気を上げた。
すると、機関士が運転台を優しくポンポンと叩いて言った。
「俺たちにも、似たようなことが あったじゃないか。覚えてるか」
その頃、セオは当てもなくソドー島の線路を彷徨っていた。自分が居ても許される隠れ場所を目指して。
「なんだか ちょっと 落ち着くかも…」
彼が辿り着いたのは、実験場によく似た雰囲気のある場所だった。
「お、見ない顔だな」
「お前も スクラップに なりにきたのか」
前方から現れたハリーとバートを見て、セオは車軸がピリリと痺れた。
周りを見渡すと、そこはディーゼル機関車だらけで、スクラップの山が広がっていた。
頭上のシャベルを使ってガラクタをぺちゃんこにして移動させている機関車もいる。
どうやら自分がいるべき場所ではなさそうだ。
「ちょうど 蒸気機関車のパーツが 欲しかったところなんだよ」
「ひ、ひゃあ」
ハリーとバートは軽いイタズラのつもりだったが、セオは急に怖くなって、ガタガタと揺れながら慌ててその場から逃げ出した。
セオは本線に出て、ひたすらに走り回った。
彼が次に目に入ったのは、本線にポツンと佇む小さな車庫だった。
「これから どうしよう」
セオは中に入って深呼吸した。彼はセメント工場で失敗したことをひどく後悔していた。実験場に居座っていた方が、よほどマシとさえ思った。
静かに想いに耽っていたが、水を差すように誰かが後ろ向きで車庫に入ってきて、乱暴にガツンとぶつかった。
「どいてくれよな、僕の洗車の邪魔をしないでよ」
それはジェームスだった。マックスに泥をはねられて不機嫌だったのだ。
「うう、ごめん。さよなら!」
セオは再び車庫から飛び出していった。
ジェームスはそれまで誰にぶつかったのかもわからないほどムカムカしていたが、悲しげに歯車が回転する音を微かに耳にした。
そのあとすぐに、レキシーが洗車場にやってきた。彼女は歯車で動く機関車を見なかったかと、あちこちの人々や機関車に訊いて回っていたのだ。
「ねえ、あなた ジェームスよね。セオを見かけなかったかしら」
「それって、あの歯車だらけの機関車かい。今さっき追い払っちゃったのが、多分そうかも…」
ジェームスが謝ろうとした時には、もうレキシーの姿はなかった。
その頃、セオはナップフォード駅まで来ていた。
「僕の居場所は どこにもないんだ」
彼が寂しそうに呟くと、奥プラットホームにトーマスの列車が停車した。彼はセオに気づいて元気に汽笛を鳴らした。
「セオじゃないか! ソドー島へ来てくれて すっごく 嬉しいよ。でも、セメント工場に いるはずじゃなかったのかい」
「僕らは邪魔でしかないから、どうすればいいか わからなくなって、ここまで来ちゃった」
セオが結論を急いで話したので、トーマスにはちんぷんかんぷんだった。
「どうして そう思うの」
「レキシーが、ネビルっていう 黒い機関車に 失礼なことを言って、僕は貨車に ぶつかって、彼を砂利まみれにしちゃったんだ。きっと怒ってるに違いないよ。迷惑な機関車だって、スクラップ置き場に連れていかれちゃうかも」
「でも、それは事故だったんでしょう? キミ達が わざとやるとは 思えないもん。ネビルだって、わかってくれるはずさ。謝るのは勇気がいるけど、話し合うのも大切だよ」
セオはトーマスの言ったことを黙って聞いていた。後から来たレキシーも、静かに彼らの会話を見守っていた。
そして深呼吸をして決意したセオは、探しにきたレキシーと、相談に乗ったトーマスに礼を言うと、彼らと共にセメント工場へ戻ったのだった。
セメント工場では、すでに事故の後片付けが終わっていた。
セオとレキシーは大人しくかしこまった様子でネビルに謝った。
「迷惑をかけて ごめんなさい。わざとじゃなかったんだ」
「私も 失礼なことを言って ごめんなさい。怒ってるよね」
でも、ネビルは彼らを恨んでなどいなかった。
彼は笑顔で2台に言った。
「いいや、全然。失敗は 誰にだってあるもの。それより怪我は無かった? ずっと心配していたんだよ。キミたちと一緒に、あの列車を牽きたかったんだ。大事がないなら、一緒にどうだい」
「僕と…? でも、列車を引っ張ったことがなくて、足手まといになっちゃうかもしれないよ」
「大丈夫、重い列車のことは僕に任せて」
ネビルの微笑みに釣られて、レキシーもセオも表情が緩やかになった。
「僕も厳しいことを言って すまなかった。失敗は気にしなくていい。大丈夫、キミは きちんとできている」
と、ファーガスもセオに謝った。
こうして、その日のセメントの配達は、セオとネビルが重連で引っ張った。ネビルはソドー島の景色を楽しんでもらおうと、セオを先頭に立たせた。
次の日には、レキシーも彼と一緒にセメントの配達を手伝った。
2台はソドー島で、親しみやすくて恨みを持たない、新しい友達ができたことを心から楽しんだ。それは、ネビルとトップハム・ハット卿による、ささやかなおもてなしだったのだ。
おしまい
【物語の出演者】
●トーマス
●ヘンリー
●ジェームス
●ファーガス
●ネビル
●レキシー
●セオ
●マーリン
●ハリーとバート
●フィリップ
●いたずら貨車
●ベレスフォード
●ファーガスの機関士
●ディーゼル10(not speak)
●マックス(not speak)
●ロージー(cameo)
●ノーマン(cameo)
●パクストン(cameo)
●シドニー(cameo)
●アニーとクララベル(cameo)
●ハリケーン(mentioned)
●フランキー(mentioned)
●トップハム・ハット卿(mentioned)
【あとがき】
セオをソドー島で表舞台に立たせようとしたとき、真っ先にネビルの存在を頭に思い浮かべました。ネビルはTVシリーズ本編ではセリフも出番も少なくてどういうキャラクターなのか掴みづらいですが、英米公式サイト等によると、「非常に情熱的で優しく、いつでも仲間を助ける。たとえ仲間にからかわれても、彼は決して恨むことなくいつも笑顔を絶やさない」とあります。後半の記述を活かす絶好の機会だと思いました。
有名な話ですが、イアン・マキューによれば、セオは自閉症の特徴をさりげなく意図的に込めたキャラクターです。自閉症とは対人関係が苦手・一生懸命努力してるのに失敗を繰り返すなど日常生活に人一倍課題の多い、生まれつきの特徴を持つ発達障害の一種です。
筆者である私ぜるけんも自閉症(アスペルガー症候群)であり、私のとってセオはシリーズで最も共感できるキャラクターの一つとして見ています。彼は伸び代があり、これまでの私の経験を取り入れつつ、今後のエピソードにより多く活かしたいと考えています。
また、上記と同様にレキシーにはジェンダー・フルイドの特徴が込められています。ジェンダー・フルイドとは、心の性別が「男」とも「女」とも固定されず、状況や心理状態によって性別の認識が流動的に行き来する様を指します。LGBTQにも関連します。レキシーの話し方や訛りがちょくちょく変わるのはこれに由来しています。
こちらも、性自認が一致しない私にとって身近な話で、いつかこの特徴を扱った回も書くつもりです。日本語吹き替え版では完全に「女性」として描かれているのですが、仮にこの特徴を活かすとしたら、一人称を変えるのが最も伝わりやすいのではないかと、今回で表現してみました。思い切った改変はしたくないのだけど、バチは当たらない…よね?