強い風が吹く、嵐の兆しが垣間見えるある日のこと、ソドー島は忙しい一日を迎えていた。
機関車達が客車に貨車に入換えとそれぞれ休む暇なく働き、そのために燃料を補給して仲良くおしゃべりしている中で、ヘンリーは駅でポツンと一台、トップハム・ハット卿の指示を待っていた。
何か特別な仕事を任されるのかもしれない。期待を胸に蒸気を吹き出している。
隣のホームでドナルドの旅客列車が出発すると、彼の後を追うかのように、トーマスがブレーキ車を牽いてヘンリーの傍で止まった。トップハム・ハット卿を乗せてきたのだ。
「知ってると思うが、メリックの部品が故障した。本土の製鋼所と 連絡をとって 発注しておいたのだが、そこの機関車が 諸事情で来られないそうだ。そこで ヘンリー、キミが 本土に行って 部品を持ってきてくれたまえ」
「わかりました」
と、ヘンリーがにっこりして答えた。トーマスもワクワクしている。
「製鋼所って あそこのことですよね。セオ達に また会いたいなあ。僕も行かせてください!」
でも、トップハム・ハット卿は首を横に振った。
「残念だが、部品の貨車を運ぶのは ヘンリーだけで十分だ。キミは いけないよ」
「なら、しょうがないか。ヘンリー、ベレスフォードっていう門番気取りのクレーンには気を付けてね」
「それから、ハリケーンとフランキーにもね」
と、そばにやってきたジェームスも彼に忠告した。
「わかったよ、ありがとう。行ってくるよ」
ヘンリーは本土の機関車達のことは、トーマスとジェームスからよく聞いていた。
ベレスフォードは、ソドー島と製鋼所の間の運河で働くガントリークレーンのことだ。専用のレールの上を行ったり来たりして艀や機関車が運んでくる積荷をポツンと一台で積んだり降ろしたりしていた。
だが、機関車が停車することは殆どないので、彼は常に話し相手を探していた。
その日は、艀のバルストロードが彼の相手をさせられていた。彼ははやくこの場から離れたかったが、ベレスフォードがなかなか荷下ろしを始めてくれないのだ。
「−俺の話なんか どうだっていいから、早く解放してくれよ」
「だめだ。お前の石を下ろしたら 行ってしまうだろ。さあ、お前の話を全部聞かせてくれ」
そこへ、製鋼所へ向かう途中のヘンリーが空っぽの貨車を運んできた。
ベレスフォードは見慣れない機関車を見て、思わずバルストロードを運河から持ち上げて線路の上にドスンと落とした。
バルストロードの悲鳴も聞かず、彼は鼻息を荒くして言った。
「立ち止まれ。おまえは何者だ」
「僕はヘンリー。ひょっとすると、キミがベレスフォードだね」
彼はバルストロードの甲板を前に、眉間にシワを寄せて蒸気を吹き上げた。
「そうだ。だがここを通るのは、確か ジェームスってやつだったはずだ。余所者を通すわけにはいかない」
「ジェームスは別の仕事がある。代わりに僕が頼まれたんだ。悪いけど、先を急ぐから通してもらうよ」
ヘンリーは一旦ポイントまで後ろに下がった。バルストロードで塞がれていない線路がまだ一本あったのだ。それはベレスフォードの下を通る線路だ。
「おっと、そうはさせないぞ。ふん」
それに気づいたベレスフォードは、まずヘンリーを止めようと、車輪を回してフックを彼目掛けて投げた。
ヘンリーはそれを掻い潜り、無事にベレスフォードの下をくぐり抜けた。
ところが、貨車はポイントのところで置き去りにされたままだった。
ベレスフォードのフックはヘンリーの貨車に掛かっていたのだ。
「まったく、なんて はた迷惑なクレーンなんだ」
ヘンリーはその先の操車場で、ぐるりと向きを変えて、イライラしながら貨車を取りに戻ってきた。
ベレスフォードはバルストロードを水面に戻すために再び吊り上げていたが、ヘンリーの姿を見るや否や、バルストロードを放り捨てて、またフックを振り回した。
今度はヘンリーの炭水車にヒットした。
積まれた石炭と水がこぼれ落ちながら、不安定にも炭水車が吊り上げられていく。
「ポッポッポー! おい、何するんだ」
「余所者を通さないと言ったはずだ。お前のことを話せ。そうしたら離してやる」
ヘンリーは、前にトーマスが彼のことを話していたことを思い返しながら考えた。
「この先の製鋼所に用事がある。僕の名前はヘンリーで、いつもはソドー島で貨物と客車を牽いてる… えっと、トーマスの友達だ」
それを聞いたベレスフォードはぴたりと動きを止めた。
「トーマスの友達だと。尚更 通すわけに いかん。この先はハリケーンって奴がいるからな」
「時間が無いんだよ、ベレスフォード。遅刻すると責任者に怒られる」
「ふん、お前も遅刻、遅刻と、そうやって俺の前から居なくなるのか」
彼はぶつくさ文句を言ったが、腕を組みながら自分を見上げるヘンリーの乗組員や車掌を見て、仕方なさそうにため息をついた。そしてヘンリーの炭水車を線路の上にドスンと戻した。
「わかった。通っていい。くれぐれも気をつけろよ、そのハリケーンって奴にな」
彼は波止場を出ていくヘンリーを追いかけるようにレールを移動しながら見送った。
「ありがとう、ベレスフォード。はあ、やれやれ」
ヘンリーは後ろ向きのまま慎重に貨車を引っ張って進んでいたが、森の中に入った時、機関士は異変に気がついた。
「なんだか炭水車がガタガタ言うな。まずい、石炭も少ないぞ」
そしてヘンリーは薄暗い森の中で止まってしまった。
傾いたせいで石炭と水も少なくなっていたのだ。
機関士たちは途方に暮れ、ヘンリーはブーブー文句を垂れた。
その時、機関助士はある音を耳にした。
「おい、テッド。蒸気機関車がくるようだぞ」
機関士は炭水車の前に立って、ポケットから赤旗を取り出して、それを大きく振った。
やってきた機関車は、機関士が振る赤旗を見て、急ブレーキをかけて止まった。それは大きなタンク機関車だった。
「何かあったのか。手を貸すよ」
「ああ、よかった。僕はヘンリー。キミの名前は…」
その時、その機関車の名札がヘンリーの目に留まり、彼は身震いした。
「ハリケーンだって。キミがあの製鋼所の。お願い、僕の事は閉じ込めないでくれ!」
「どうか恐がらないで、ヘンリー。もう心を入換えたんだ。石炭と水が必要なら、俺に任せてくれ」
喋りながら機関士たちのやりとりを聞いていた彼は理解が早かった。
そして怯えるヘンリーを連結すると、空っぽの貨車ごと引っ張っていった。
彼が連れてきたのは、森の中のくたびれた操車場だった。
そこには確かに給水塔やクレーン、そのほか蒸気機関車に必要な設備が整っていたが、長い間使われていないのか古く錆びている。線路の傍には機関車の部品と思しきガラクタが転がっていた。
ヘンリーは息を呑んだ。
『スクラップにされないよね…』
その傍ら、ハリケーンはキョロキョロと辺りを見渡していた。
「確か この辺に 石炭ホッパーがあったはずだ。て、なんで 倒れてるんだ」
彼は横倒しになった石炭ホッパーの前でヘンリーと一緒に止まった。ハリケーンの機関士はホッパーを調べてすぐに戻ってきた。そしてヘンリーの機関士たちを呼んで、石炭の補充をし始めた。
石炭を一通り補給すると、今度は給水塔の前まで運ぶ。
ヘンリーはホッと安心した。どうやら自分の取り越し苦労だったようだ。
彼はハリケーンにここまでの経緯を話した。
「そうか、それは大変だったな。どうやら君の炭水車の車輪も 壊れているみたいだ。よかったら、俺が 製鋼所まで運んでやるよ」
「何から何まで ありがとう。だけど、製鋼所で働かされるのは ゴメンだよ」
「はっはっは、心配には及ばない。もう二度と そんなことはしないからね」
そういうわけで、ヘンリーは製鋼所にやってきた。
そこには、せかせかと働くディーゼル機関車と、形があべこべでいろんな声を出して話しかける機関車や、こっそり貨車の陰からこちらを覗く歯車だらけの機関車など、個性的な機関車たちが働いていた。
ハリケーンはヘンリーを届けた後、自分の仕事をするために走って行った。
その間、製鋼所の案内をしたのは、煙突が3本もついているテンダー機関車だった。
「今夜は嵐だ。キミの部品が直るまで、暫く ここで休むといい」
「ありがとう、マーリン。そうさせてもらうよ」
ヘンリーは彼らを気に入った。少し騒がしかったが、思いやりがあって安心して過ごすことができたからだ。
その夜は、予報通り嵐になった。稲妻が光り、風はピューピュー吹き荒れ、雨が滝のようにザーザーと降り注いでいた。
ヘンリーたちは熱い製鋼所のそばで寝泊まりすることができていたが、運河にいるベレスフォードたちは違った。彼らには雨風を凌ぐ屋根がないからだ。
バルストロードは相変わらず線路の上で横たわっていた。乗組員が嵐が来る前に作業小屋の中に退散してしまったからだ。
「なあ、いい加減 俺を運河に戻してくれよな」
「いやだね。お前さんが帰ったら、話し相手がいなくなる。さあ、じっくり話をしよう」
「いまさら 何を語るっていうんだよ」
その時、問題が起きた。強い風に押されて、ベレスフォードの車輪が動き始めたのだ。
彼はフラフラとレールの上を進んだかと思うと、レールの端っこに勢いよくぶつかり、そのままレールの上に倒れたのだった。
それから何日か経って、ヘンリーの部品は製鋼所で修理され、貨車にはメリックの部品も載せられた。予備の部品まであった。
ソドー島に戻る準備は整った。しかし、ヘンリーはあることを心配していた。
「またベレスフォードに捕まるのは嫌だな」
「それなら、私も一緒にソナー島へ行こう」
そう言ったのはマーリンだった。
「キミを見送るついでだ。ベレスフォードのことは私に任せてくれ。彼とは長い付き合いなんだ」
ヘンリーは彼が頼もしく思えた。
ヘンリーの列車と一緒にマーリンが着いてソドー島へ出発した。
ところが、彼の心配はまたも杞憂に終わった。運河には、ベレスフォードが横倒しになっていたからだ。彼は今やどうすることもできず、無力にも助けを求めていた。
「止まれ。頼む、俺を助けてくれ、ヘンリー。忠告した仲だろう?」
ヘンリーは一度あたりを見渡し、深呼吸してこう答えた。
「キミと友達になった覚えはない。それに今、急いでるんだ」
彼はベレスフォードを前に、ポイントに戻って行った。今度も、ベレスフォードが立っていた線路が空いていたからだ。
「待て。なぜ誰も助けてくれない。おい。お、俺を一人にしないでくれ」
でもヘンリーはそっぽを向いて、悲しげなベレスフォードを無視して通り過ぎた。
「流石に かわいそうだ。彼を助けてあげないと」
ヘンリーの後方で、マーリンが言った。だけど、ヘンリーにはちゃんと考えがあったのだった。
しばらくベレスフォードがバルストロードと不貞腐れていると、再び「ポッポー」という汽笛と共に蒸気機関車の走る音が聞こえてきた。
「その音は、ヘンリーか?」
「そう、レスキュー機関車ヘンリーだよ」
と、彼は陽気に言った。彼はソドー島からクレーン車を牽いて戻ってきたのだ。
彼は見捨てられずに済んでホッとしていたが、同時に腹も立てていた。
「あんな言い方しなくてもいいだろ。意地悪をするなんて 良くないことだぞ。俺はただ 友達が欲しかっただけだ」
「強引に話をしようとする方が よっぽど迷惑さ。そんなやり方じゃ、誰も友達になってくれないよ。相手のことを よく考えないと。まあ、今なら話せるよ」
ベレスフォードは反省したように、しゅんとなったが、レールに戻る間ヘンリーが話をしてくれると聞いて笑顔になった。
こうしてベレスフォードは無事に線路に戻された。ところが、乗組員が操縦席に乗る前に、ベレスフォードは独りでにレールの上を滑り始めた。
「ひょっとして、キミも メリックみたいに ブレーキパッドとモーターが 壊れてるんじゃないのかい」
「メリックって誰だ」
「後で教えてあげるよ。まずは そこにいる艀も助けてあげようよ」
その後、ヘンリーはバルストロードをソドー島の造船所に送り届け、許可をもらってメリックの予備の部品をベレスフォードに渡した。その間にヘンリーは、ベレスフォードにいろんなことを教えてあげた。製鋼所のハリケーンのことや、ソドー島のことを。
それからもヘンリーはちょくちょく本土に足を運ぶことになった。
彼が運河を通るとき、ベレスフォードはもう彼を足止めしなくなった。ヘンリーが「"友達の頼みとして"、進路を妨げないようにしてほしい」と言ったからだ。
おしまい
【物語の出演者】
●トーマス
●ヘンリー
●ジェームス
●ハリケーン
●マーリン
●ベレスフォード
●バルストロード
●トップハム・ハット卿
●ヘンリーの機関士
●ヘンリーの機関助士
●ドナルド(not speak)
●エドワード(cameo)
●パーシー(cameo)
●エミリー(cameo)
●ヒロ(cameo)
●チャーリー(cameo)
●ノーマン(cameo)
●シドニー(cameo)
●ノランビー伯爵(cameo)
●レキシー(mentioned)
●セオ(mentioned)
●フランキー(mentioned)
●メリック(mentioned)
【あとがき】
ここからP&TI S14 E20までは、ベレスフォードやマーリンをはじめとした『とびだせ! 友情の大冒険』のキャラクターにまつわる物語になります。P&TI S15やS16にも2話ずつ用意しています。
主役をヘンリーにした理由は「ただなんとなく」です。実は、これを書いた当初(2017年冬頃)は、まだ公式第22シリーズでヘンリーがヴィカーズタウンへ異動する設定になったことを知りませんでした。公式でJBS勢主役回をやるかどうかもわからない状況の中、それを知った時「また被ってしまうかもしれない」と思いました。しかし第24シリーズまで終わってみるとマーリンとベレスフォードを除いて一度も行われず杞憂に終わりました。そういう意味ではラッキーでしたが寂しくもあります。
そういうわけで、本当に偶然でしたが、公式で行われなかった分、JBS勢の性格と成長面で足りない部分をP&TIで私なりに補完しています。
ちなみに、Exシリーズで過去の産物「返ってきたバルストロード」をアレンジして投稿した理由は主にこのエピソードの為です。