ミスティアイランドにあるものは、とても奇妙なモノばかりだ。
中でも特に異質なのは、グラグラ橋と呼ばれる、こわれかけの橋だ。
見た目は危険だが、意外にも安定していて、丸太を積む場所へ行く唯一の交通手段として使われている。その昔、橋げたが濁流に呑み込まれて流されたのだが、いく日もいく日も、機関車が渡っても面影が変わることなくそこにあった。
それはまさに奇跡の橋だった。
しかし、いつ崩壊してもおかしくない状態にある。
ミスティアイランドで働くバッシュ、ダッシュ、それからファーディナンドは、全く気にもせず、島のアトラクションの一つとして嬉々と渡っているが、ソドー島の機関車たちの殆どは、みんな恐れていた。
あの底なしに陽気なロウハム・ハット卿でさえ危惧しているほどだった。
「グラグラ グラグラ 揺ーれる! みんなで グラグラ 大変だ♪」
ダッシュがロウハム・ハット卿と一緒に歌いながら橋を渡る。橋は上下左右へと歪む。
時折、バキバキと音を立て、木製の橋桁が崩れ落ちていく。
「おっとと。そろそろ点検をしたほうが良いかもしれないな」
「橋のことなら心配ないですよ。だって何十年も安全ですから。それに このスリルがないと、1日が始まった気がしないんです」
その日の夕方、ソドー島では、美しい夕焼け空が広がっていた。
ブレンダム港では、ビルとベンが、クランキーの前で立ち止まって、空を眺めていた。
「綺麗な空だね、ビル。あれ、あそこだけ黒いぞ」
「ありゃあ、ミスティアイランドの方角だな」
ソルティーが言った。
「気の毒に、向こうは 大嵐のようだぞ」
「ミスティアイランドの心配はいいから、ぼーっとしてないで 早く仕事を済ませろ。嵐が こっちに向かってくるかもしれないからな」
クランキーが、双子にぶっきらぼうに言った。
ソルティーの言った通りだ。
その夜、ミスティアイランドは、たちまち天気が悪くなり、滝のように降り注ぐ大雨が、ビュービューと吹き荒れる風、それと雷鳴と共に、小さな島を襲っていたのだ。
「イエーイ! スリル満点だ」
珍しい天気に、ダッシュは興奮した。
しかし、双子のバッシュは震え上がった。
「早く帰らないと。おいらたち、雷で吹き飛ばされちゃうよ」
「確かに。急ごうか」
やがて一夜明けると、昨日の悪天候が嘘のように、晴れ晴れとした空が広がっていた。
小鳥たちも歌っている。
でも、木々が倒れ、あたりは泥だらけだった。
「さあ、倒れた木を片付けに−」
「−行こうか!」
「そのとお…」
双子に合わせてファーディナンドがお決まりの掛け声を言おうとしたその時、正面からディーゼル機関車のボコがやってきた。
貨車の荷台にはウィンストンがいる。その運転席から、ロウハム・ハット卿が顔を出して声をかけた。
「キミたちは そこで待っていなさい。これは命令だ」
「命令ですか。でも…」
「そうだ。走り回る前に確認しておきたいことがある」
次に彼らに声をかけたのは、トップハム・ハット卿だった。
彼はブレーキ車から出てきてこう言った。
「ファーディナンドは、私たちと一緒に、グラグラ橋へ向かう準備をするんだ。だが、ゆっくり慎重に進むんだぞ。倒木で脱線するかもしれないからな」
間もなく、ウィンストンが線路の上におろされた。
ファーディナンドは、ウィンストンに乗ったトップハム・ハット卿と、ロウハム・ハット卿と一緒に、島を見てまわった。
そしてグラグラ橋を前にした時、ファーディナンドは驚いて目を丸くした。
なんと、そこにはグラグラ橋の姿がなかったのだ。川は氾濫していて、上流から丸太や倒木がどんどん流れてくる。どうやら、川の流れに飲み込まれてしまったようだ。
「思った通りだ。これからこの橋を修理しなくてはならない。さっそく材料を手配しよう」
と、トップハム・ハット卿が宣言した。
ソドー島では、トーマスとトビーが、それぞれ石と鉄骨が積まれた貨車を、ナップフォードの操車場へ運んできていた。
「やあ、トビー。それにしても、これだけ たくさんの資材、一体何に使うのかな。新しい駅は、もう 完成間際のはずだろ?」
「ボコが言ってたけど、ミスティアイランドのグラグラ橋が 落っこちたんだってさ」
「なんだって」
「今更驚くことでもないだろうが、トーマス。あの橋は、トビーの線みたいに、いつ崩れても おかしくないぐらい、オンボロだっただろ。ハナから当然の話だ」
と、ゴードンが呆れて言う。
それからしばらくの間、蒸気機関車たちが運んだ資材を、ボコなどの大型ディーゼル機関車たちが、ミスティアイランドへ持っていった。元通りに橋をかけ直すためだ。
この工事に伴って、ソドー建設現場からは、クレーン車のケリーと、蒸気トラックのイザベラが貸し出された。
そうして、あれから、数週間が経過した。
ミスティアイランドのトンネルから、ソドー島の仲間たちがぞろぞろと帰ってきた。
「それでそれで、ミスティアイランドは どうだった?」
ジャックが、イザベラとケリーに尋ねた。
「泥と木くずだらけで最悪だったわ。早く洗車場に行きたい」
「まあまあ、そう言うなって。霧は濃かったけど、自然が豊かで、空気が澄んでいたよ。おかげで、いい仕事ができたね。あれなら、嵐で崩落する危険も ないはずさ」
ケリーが自信たっぷりに話した。
積み込み場と集積場の間には、彼らのおかげで、再び橋がかけられていた。
それは木造のグラグラ橋とは打って変わって、鉄骨とレンガでできた橋だった。
橋を渡っても、グラグラと揺れることはない。簡素ながら頑丈な造りをしていたのだった。
これで材木を運びに出かけられる。
だが、バッシュとダッシュ、それにファーディナンドは、全然嬉しそうではなかった。
次の日、トンネルの前では、クレーン車たちが集まって待機していた。
ボコがミスティアイランドから運んだ材木を、新しい駅の仕上げに使うのだ。
ところが、何時間か経っても、トンネルの中からボコが出てくる様子は無い。
ケリーとスタフォードは心配になった。
間もなく、様子を見に、ウィンストンと作業員がやってきた。ロウハム・ハット卿もいる。
「連絡によれば、どうもバッシュたちが ストライキをして、仕事が止まっているらしい」
「あの、でしたら、トップハム・ハット卿も一緒の方が いいと思います」
スタフォードが申し訳なさそうに言った。
「それもそうだが、彼には別の用事があって 手が離せないんだよ。それに、スティーブンがウィンストンに乗ると、みんなの笑い物になってしまうんだ。私が戻って 話をつけに行くよ。スタフォード、キミも手伝ってほしい」
バッシュとダッシュ、ファーディナンドは、集積場で遊び呆けていた。
そこへ、ロウハム・ハット卿が、ウィンストンとスタフォードと一緒に駆け込んできた。
「やあ、みんな。お遊戯の時間には早すぎるじゃないか。トップハム・ハット卿とソドー島のみんなが困っていたぞ」
「それにボコも 仕事が できていないよ」
「ごめんなさい、ロウハムさん。スタフォードも。でも、おいらたち、あんな橋 絶対に 反対です。グラグラ揺れないし、全然楽しく無いんですもん」
「その通りです」
ファーディナンドが続けた。
「スリルが無いから、オールド・ウィージーのところに行っても、盛り上がらないんです」
彼らはすっかり塞ぎ込んでいた。
「やれやれ、やはり スティーブンの力を借りるしか…」
その時、彼の頭の中で、スタフォードの言葉がよぎった。それから、ウィンストンの運転が下手な甥っ子のことも。
『トップハム・ハット卿も一緒の方が いいと思います』
「トップハム…? そうか、いいことを思いついたぞ。ウィンストン、一緒に橋へ行こう」
「気をつけてください、ロウハム・ハット卿」
ウィンストンを橋の真ん中で停車させたロウハム・ハット卿は、橋の上に立って線路を調べた。そして、こう告げたのだ。
「キミ、ここの線路を曲げてくれたまえ」
作業員とウィンストンは困惑した。
「でも…。またトップハム・ハット卿に怒られますよ」
「大丈夫、私に任せて。計算通りに行えば、安全だけど スリル満点の楽しい橋になること間違いなしだ」
こうして、ロウハム・ハット卿と作業員は、ウィンストンで走り具合を確認しつつ、金槌で、トンカン、トンカン、音をたてて橋の上のレールを叩いて回った。
そのリズミカルな音は、集積場の方へとこだまする。
バッシュとダッシュ、ファーディナンドは、その楽しそうな音が気になって、橋の様子を見にやってきた。スタフォードとボコも一緒だ。
ひとしきり作業を終えたロウハム・ハット卿が、彼らを歓迎した。
「諸君。新しいグラグラ橋へようこそ。さあ、渡ってごらんなさい」
バッシュたちはお互いに目を合わせた。あまり気は進まないようだ。
「じゃあ−」
「−行ってみようかな」
「その通り…」
彼らは何の期待も抱かずに、橋を渡り始めた。
するとどうだ、上下に弾む感覚が、レールから車輪へ伝わるではないか。
橋は確かに安全だが、線路の上で体がグラグラ揺れる。
バッシュたちは一瞬で笑顔になった。
「たまげたな。こりゃ 楽しいや!」
「このスリル、たまらないね!」
「その通り!」
あっという間の出来事だったが、彼らは満足そうにオールド・ウィージーに再会した。
「次はキミたちの番だ」
「ボコとスタフォードも おいでよ!」
橋の状態を確認したスタフォードは、新しいグラグラ橋を渡り始めた。
ボコ、そしてウィンストンもそれに続いた。
「グラグラ グラグラ 揺〜れる♪」
「みんなで グラグラ 大変だ♪」
彼らは歌いながら楽しそうに橋を渡った。
こうして新しい橋は、レールはでこぼこだけど頑丈な橋として生まれ変わったのだ。バッシュとダッシュ、ファーディナンドはこのスリルをとても気に入ったようだ。
これなら再び材木を集めに楽しく働くことだろう。ロウハム・ハット卿は橋の上で笑いながら、そう願ったのだった。
おしまい
【物語の出演者】
●トーマス
●ゴードン
●トビー
●ベン
●バッシュとダッシュ
●ソルティー
●スタフォード
●ウィンストン
●ジャック
●ケリー
●イザベラ
●クランキー
●トップハム・ハット卿
●ロウハム・ハット卿
●ビル(not speak)
●ボコ(not speak)
●エドワード(cameo)
●ハーヴィー(cameo)
●アルフィー(cameo)
●フリン(cameo)
●オールド・ウィージー(mentioned)
【あとがき】
P&TIシーズン14最後の章のE25~28は、ミスティアイランドの外周が観光地として生まれ変わるまでのお話です。
ミスティアイランドって、原作やそれまでのシリーズの比では無いくらい、現実ではありえない物理法則無視の情景や、ソドー島のすぐ隣なのにアメリカナイズな世界観で、当時の脚本も相俟っていかれたカートゥーンみたいなノリに、古いファンからはかなり酷評ですよね。
アンドリュー・ブレナーがチームに加わった本家第17シリーズからは、彼の方針上、一切登場しなくなって、トンネルが塞がれたり、たびたび皮肉でネタにされるほどでした。おそらく最も問題に思われてるのが、グラグラ橋というロケーションだと思います。見栄えはアトラクションとして楽しいけど、50トン以上の蒸気機関車が渡っていい場所ではないですからね。
なので、こうしたら、もしかしたら以降のシリーズにも出られたんじゃないかなと考えながら創ったのが今回の物語です。当たり前のようにいるロウハム・ハット卿やボコについては2019年に再投稿した分のP&TI S13の方を参照のこと。物語が地続きになっています。