それは、ある夏の終わりの忙しい時期のことだった。機関車たちが列車を牽いて本線や支線を行ったり来たりしている下で、ナップフォードの港は貨車や積荷でごった返していた。
支線の周辺で採れた石材、牛乳、果物の貨車で溢れている。それをパーシーが発注分を来る日も来る日も全部運んできたのだが、本土行きの船がなかなか来ないので、貨車を入れ替えておく必要があった。
そこで、ダックが手伝いに呼ばれたが、船は一向に来なかった。
「機関士が言うには、貨物船が故障で動けないんだって。他の港でも同じようなことが起きてるみたいだ」
と、ダック。
「ええー、困るなあ。混乱と遅れで あちこちの港が、貨車でパンパンになっちゃうよ」
状況を見た港の管理人は、トップハム・ハット卿や他の役員と相談して、港に行く貨物列車の運行をストップさせる事にした。この為、ダックは一旦自分の支線での仕事を任された
「これから支線に行くんだけど、僕の客車達の調子が悪いんだ。彼女を借りてもいいかな」
彼は、港の隅で作業員の小屋に使われている、オールド・スロー・コーチを見て言った。
「もちろんだよ。彼女も走りたくて、ウズウズしてるはずさ」
と、パーシーが快く承諾したのだった。
ダックは代わりになる客車たちを繋ぐと、オールド・スロー・コーチと一緒に楽しそうに港を後にした。
ダックが始発駅へ向かっていると、彼の上空をヘリコプターのハロルドがブンブン音を立ててやってきた。
「やあ、元気かい。おや、いつもと違う客車を牽いているね」
「そうなんだ。代わりの客車なんだよ」
その時、ダックはあるアイディアを閃いた。
「ハロルド、港に貨物船が来なくて困っているんだ。何処かに手の空いた船が無いか、空の上から 探してきてくれないか。僕は自分の支線を探すから」
「了解。僕に任せて」
暫くして、ダックはお客を客車に乗せて大きな駅を出発した。
彼の支線は海辺にあり、砂浜に色んな船が停泊していた。彼らは「あれは漁船だ。これはナローボートよ」と、あちこちにいる船を見て議論しながら走っていた。
その時、彼らは漁船でもボートでもない、貨物を運ぶのにぴったりな船を見つけた。
「ダック、あれは どう? お船なのに 砂浜の ど真ん中に居るなんて、可哀想じゃないかしら」
オールド・スロー・コーチが砂浜の上で寝そべる船を見て言った。それは艀のバルストロードだった。
でも、ダックは、あまり乗り気になれなかった。
「あれは 不平やで、役に立たないから 砂浜に居るって、前にパーシーが言ってたよ」
「誰にでも やり直す機会は、あっていいと思うわ。スクラップ置き場に捨てられて 役に立たなくなった私だって、綺麗に してもらったんですもの」
バルストロードは、近くを通りかかる列車のことは気にも留めなかった。何しろ、夏の間に彼はずっと、海に遊びに来る子供たちの遊び場にされているからだった。
「やめろ、やめろったら」
彼は子供たちが居る時もそうでないときも文句を言った。でも、子供たちはお構いなしだ。
バルストロードが何を言おうが、身動きできず手も足も出ないからだ。
彼は遊び場に使われることが嫌だったので夏が終わるとホッとした。でも、それ以降はずっと浜辺の上に置き去りにされているので寂しかった。
彼は波打つ潮の満ち引きを見て、また海に出たいと思っていた、そんなある日のことだった。
バルストロードの船体は、突然、何者かに起こされたのだ。レッカー車のブッチと一緒に漁師や船乗りがやってきて、ダックが牽く救援クレーンの元へ運ばれた。
「お前を海に戻す日が来るとはな」
と、船乗りが複雑な表情で彼に言った。
バルストロードはすぐに造船所で修理され、ナップフォードの港に戻ってきた。貨物船の大規模点検が終わるまで、石材を本土の運河へ運ぶ仕事を任されたのだ。
再び貨車を移動させるためダックが港の手伝いに戻った。
貨車たちが嫌がるので、パーシーはダックやトーマスに、貨車たちをバルストロードに近づけないように言い、彼らは約束を交わした。
ところが、それをいい事に、バルストロードは機関車にも文句を言うようになった。荷台が空っぽの時は特にだ。
「おいおい、混雑してんなら 早くしろって。俺が戻ってきたおかげで ここは回ってるんだからよ」
ダックはすぐに不愉快な気持ちになった。
「やっぱり バルストロードを戻したのは失敗だよ。活気に溢れた港が重くなる」
ダックはトーマスに言った。トーマスは彼に同情した。
そこで彼はちょっと生意気な表情を見せてこう言った。
「バルストロード、辛抱を忘れて また不平を言い続けるつもりなら、今度は どうなるかわからないよ。トップハム・ハット卿は、気が短いんだ」
もちろんそれは冗談だったが、それを聞いて、バルストロードは暫くおとなしくなったのだった。
何日か経って、本土の貨物船が港に戻ってくることになり、港の貨物はほとんど片付いた。
トップハム・ハット卿が様子を見に訪れた。
「みんな よく頑張ってくれた。ダックは 自分の支線に戻りなさい。オリバーが 寂しがっているからね」
「わかりました。すぐ戻り…」
その時、彼らの上空からブンブン音を立てて、ヘリコプターのハロルドが着地した。
「トップハム・ハット卿、緊急事態です。前に、僕が浜で見つけた貨物船が 事故で座礁しました。キャプテンが救助に駆けつけましたが、魚の積荷を運べる仲間がいません。ここに 手の空いた船は 居ませんか」
「バルストロードなら、そこで暇を持て余しているよ」
と、パーシーが叫んだ。
トップハム・ハット卿はバルストロードに緊急事態を知らせて現場に向かわせた。その貨物船が運んでいたのは前代未聞の大量のイワシだった。
バルストロードは、自分の荷台にイワシが載せられると知るや否や不平を口にしそうになったが、彼は前にトーマスに忠告されたことを思い出した。
「今は辛抱しないと。俺は機関車より役に立つ艀なんだってところを 見せてやる」
彼は自分にそう言い聞かせて、荷台にイワシを積むようお願いした。
魚の悪臭が鼻にまとわり付く。でも一度も不平を言うことなく、アーサーの待つ近くの漁村にイワシを運び終えたのだった。
歓声を上げる船乗りと鉄道員たちに囲まれても、魚の貨車が寄っても、バルストロードは文句を言わなかった。むしろ、彼は誇らしかった。
「貨物船のことは残念だけど、無事に到着して安心しました。お見事です」
と、アーサー。
バルストロードが満足そうに港に戻ってくると、トップハム・ハット卿と機関車たちが彼の帰りを待っていた。
「よくやった。私は 君が不平を言うだろうと思っていたが、一度も言わなかったそうだな。魚は臭かっただろう。今日は もう 休みなさい」
「ありがとうございます」
「実は 漁村の船乗りが、君を欲しがっているそうだが、君は どうしたいかね」
トップハム・ハット卿の問いに、彼はこう答えた。
「はい、お願いします。ここから俺はもっと辛抱強くなりますよ」
彼は船乗りたちの期待に応えたいと思った。こうしてバルストロードの拠点はナップフォードから、アーサーの支線の漁村になったのだった。
「ほらね、言った通りだったでしょう。誰にでも二度目の機会は必要だって」
その日の最後に、ダックはオールド・スロー・コーチに同意した。
ところが、夏になると、子供たちはバルストロードを恋しがった。
バルストロードも、時々緊張が解けて文句をたれるようになった。そこで、船乗りたちは、その夏だけ特別にバルストロードを砂浜に戻すことにしたのだった。
「ま、子供たちにだって 二度目の機会は必要だよね」
ダックが言うと、パーシーはクスクス笑い、バルストロードは苦笑いをしたのだった。
おしまい
【物語の出演者】
●トーマス
●パーシー
●ダック
●アーサー
●オールド・スロー・コーチ
●バルストロード
●ハロルド
●トップハム・ハット卿
●船乗り
●ブッチ(not speak)
●ジェームス(cameo)
●トビー(cameo)
●エミリー(cameo)
●ヘンリエッタ(cameo)
●トード(cameo)
●オリバー(mentioned)
●アリスとミラベル(mentioned)
●キャプテン(mentioned)
【あとがき】
アレンジ第23弾は2010年投稿の、PToS S08 E03より『返ってきたバルストロード』でした。長らく私の二次創作をご覧の方でも、シーズン10以前の作品を観たことがある人はそう居ない事でしょう。PToS Studiosを立ち上げる以前、別のプラットフォームで投稿していましたが、お話を投稿しては一週間で削除する行為を繰り返していました。
この為、写真やアーカイブ等は現存しておらず、具体的にどのような内容だったか覚えていません。ええ、2012年以前の物ですので大した内容ではないでしょう。今回はプロットと条件はそのままに、ほぼ一から作り直した形となります。
当時の私は何も考えていなかったと思いますが、物語を理解するようになった時、バルストロードが周りを単に不快にさせただけでずっと砂浜で遊び場になるのはかわいそうだと思いました。また、P&TIの過去作をリメイク或いはアレンジする企画を通してバルストロードが仕事に戻る話を書きたい意欲が湧きました。
TV版公式では第10シリーズでスカーロイ鉄道の仲間たちが働く港に合わせて大型のバルストロードの模型*1が作成されましたが、実際に劇中では使われませんでした。当時の脚本を基にもしバルストロードが復活したらなど考えて今回の創作を試みましたが、結局は自分なりのやり方でその機会が得られる話を書いてみました。いつかTV版でもバルジーのように復活することを願っています。
原作ではバルストロードが登場した話が1987年の出来事と設定されています。Ex-03のあとがきに書いたP&TIの時代設定を考慮すると変な話ですが、Ex−23とEx-01とEx-24だけは90年代のお話と解釈してください。当方のミスです。