ある夕暮れ時の事。トーマスとトビーが、ファークァーの機関庫で、仕事で疲れた体を休めているところへ、小さないたずら者が後ろからこっそりと歩み寄り…
「ばあ!」
と、庫内に入って大きな声と「ピッピッピー」という汽笛の音を盛大に上げて2台を驚かせた。
「うわあ、びっくりしたなぁ。脅かさないでよ、パーシー」
トビーは木で出来たボディが崩れそうになるくらい驚いて目を回した。
でも、トーマスはぴくりとも動かなかった。それどころか、不機嫌そうだ。
「どうだい。びっくりしただろう」
パーシーが、けらけら笑うと、トーマスは彼を睨んで不機嫌を露わにした。
「びっくりなんか するもんか。足音で バレバレなんだよ」
「そりゃ驚いたね。本当は 歯が ガタガタしたんじゃないのかい」
「ふざけた事を。それより、明日は 僕の代わりに 鉛鉱山で働きなよ」
「どうして 僕が 行くのさ」
「ピーピーうるさい 緑のムクドリに、寛ぎの時間を 邪魔されずに済むと思ってね」
「ひどいや。ちょっと からかっただけなのに」
パーシーは、むくれた。
次の日、パーシーはトーマスの要望に応える暇も無かった。
手伝いに来たディーゼルの調子が優れないので、石を港に運ぶ余計な仕事が増えてしまったからだ。彼が不貞腐れてる所へ、パーシーがからかった。
「君が 役に立たないから 僕が居るんだ。感謝してよね」
「ふん。それより、今日は 鉛鉱山に 行くんだってな。気を付けろよ。…出るぜ」
「何が 出るって いうのさ」
「怪物だよ…。空洞の中に潜んでて、夜中に通った機関車を デッカイ口で 丸呑みしようとするんだ。ソルティーが 言ってたぜ」
「どうせ 君が ついさっき考えた でたらめだろう」
と、トーマスがくぎを刺した。
「俺は 親切に忠告してやっただけだ」
ディーゼルは悪びれる様子もなくただ薄気味悪く笑った。
パーシーは少し身震いして、口がたちまち折れ線グラフのように歪んだ。
パーシーが鉛鉱山に入ってきたのは、すっかり日が暮れてからの事だった。
つい最近発掘が再開したとは思えないほど、鉱山は古く、草臥れて、殺風景だった。物音ひとつせず、薄暗い闇夜の中に幾つかの貨車があるだけだった。
パーシーはあまり進みたくなかった。前にトーマスが「きけん」と書かれた看板を素通りして穴に落ちたと聞いたことがある。彼も「きけん」の看板を利用して海に落ちた事がある。
それどころか、朝に意地悪なディーゼルから嫌な話を聞かされたばかりだ。
「怪物なんて嘘さ」
彼は震えながら言った。すると、その時だ。
突然、奇妙で鈍い音が鳴り響いた。
『グゴーゴゴゴー! ガゴゴゴゴゴー! グワァーゴゴー!』
それはまさしく怪物の鳴き声のようだった。
パーシーは一瞬にして顔を青ざめさせ、機関助士も驚いた拍子に逆転機に捕まり、彼らは一目散に機関庫へと引き返した。
機関庫では、静けさの中、トーマスとトビー、それから客車達が眠りについたところだった。
しかし、その安らぎにも、再び邪魔が入った。
「怪物だ、怪物だ!」
パーシーが叫び声を上げながら機関庫へ猛突進してきたのだ。彼は機関庫に入ると、ギィィーと、体を軋ませて止まり、機関士が何を言っても出ようとしなくなった。
機関車と客車達は一斉に目を覚ました。
「一体 何が あったのよ」
アニーが心配そうに言った。
「鳴き声を聞いたんだ。鉱山に 怪物が居たんだよ。ディーゼルの話は本当だったんだ」
「まあ、かわいそうに。きっと悪い夢でも見たのね」
と、ヘンリエッタ。
「そうだよ、夢さ。いいから、もう寝ろよ」
トーマスが不機嫌そうにあくびをしながら言った。
夜が明けても、パーシーは機関庫に引きこもっていた。罐の火は小さく、機関士と助士がどんなに手を打っても、彼は動こうとしなかった。
「起きなよ、怠け者くん。怪物が恐くて 歯が ガタガタしてるのかい」
トーマスはおかしくて調子に乗って言った。
「違うよ。おなかの調子が悪いんだ」
「そんなこと言って。うわあ、ほら、怪物が 追いかけてきたぞ!」
彼が冗談を言うと、パーシーは悲鳴を上げた。
「情けないな。ちょっと からかっただけなのに」
トーマスは一昨日の仕返しが出来て満足だった。
午後になるまで、トーマスはご機嫌だった。
「この仕事が 終わったら、新しい駅を飾る ペンキを運ぶんだ」
彼はアニーとクララベルに楽しそうに言った。
しかし、ドライオー駅で呼び止められたのをきっかけに気分は一変したのだった。
赤旗を持った駅長が声をかけた。
「ウラン鉱石が まだ 届いていないそうだ。局長からの伝言だが、一度 様子を見に行ってくれないか」
「ウランこうせきって、なんですか」
「あっちの 鉛鉱山で採れる、天然の石だよ」
トーマスは顔をしかめた。
「パーシーったら。あとで 文句を言ってやる」
トーマスが駅を出る頃には、支線はエルスブリッジから漂う濃い霧に包まれていた。
太陽が見えるはずの空も、やがて雲で隠されて、真昼間だというのに、鉱山は少し薄気味悪かった。彼は少し怖くなった。
「は、早く貨車を持って帰ろっと。あ、穴に落ちるのも コリゴリだし…」
トーマスは少し震えながら、鉱石と共に置き去りにされた貨車に近づいた。
すると突然、霧の中から何かが飛び出した。
「ばあ!」
「うわあ!」
トーマスは、びっくりして心臓が止まりそうになった。でも、すぐにそれが誰なのか、ギトギトした下品な笑い声でわかったのだ。
「ディーゼル!」
「臆病なやつだ。ちょっと からかっただけなのに」
「いきなり 飛び出したら、誰だって 驚くさ。昨夜 パーシーを 驚かせたのも、君の仕業だな」
「何の事だ。俺は ついさっき 来たばかりだぜ」
と、ディーゼルが言うと、どこからか奇妙な音が鳴り響いた。
『グングゴワァー、ギンギンギンギ、グワァー!』
「今のは ディーゼルかい」
トーマスは疑わしげに訊いた。でも、ディーゼルは首を振るばかりだ。
「ひょっとしてあれは…」
「か、か、か、怪物だ!」
ディーゼルは恐くなって一目散にその場から逃げだした。
トーマスも思わず貨車を置いて逃げてしまった。
ディーゼルは、あまりの恐怖に、線路をよく見ずに無我夢中で走っていた。
そしてメイスウェイト駅の側線に入って車止めに突っ込んだ。
「誰か、助けてくれぇ」
そんな滑稽な姿を横目に、後から来たトーマスに、トビーが声をかけた。
「何かあったのかい」
「古い鉛鉱山で、怪物の鳴き声を 聞いたんだ。僕 もう 戻りたくないよ」
彼らの只ならぬ反応を見てトビーも息を飲んだが、ヘンリエッタが言った。
「そんなはずないわ。怪物なんて いないわよ。ねえ、トビー」
「そうだよね、ヘンリエッタ。僕が 後で 確かめに行くよ。君は 事故の後片付けをしてくれるかい」
「わかったよ。でも 気を付けてね。あそこは 地盤も 恐ろしいんだ」
暫くして、トビーは鉛鉱山にやってきた。
「さて、怪物退治に出発だ」
彼は勇敢にそう言った。霧はまだ立ち込めていたが、少しずつ薄れていた。
トビーが地盤を確かめながら慎重に怪しい場所を探っていると、奇妙な音が鳴り響いた。
『ギギギー、グググググー!』
「そこにいるのは 誰だい」
トビーの機関士がランプを隣のポイントの方へ向けた。
「わあ、眩しいなあ」
そこに現れたのは、蒸気ショベルのネッドだった。
「なんだ、ネッドか。君が掘削していた音だったんだね」
でも、今度は違う方向から別の音が鳴り響いた。それは生々しくて鳴き声のような音だった。
『グガーグワァ! ガーガー、グワオー!』
これにはネッドもびっくりしていた。
だけど、トビーは勇気を振り絞って音のした方へ進んだ。
「こりゃ びっくり!」
彼はトンネルの中で、何かを発見したのだ。
トーマスが駆け付けた頃には、トビーの姿は無く、ネッドが佇んでいるだけだった。
「もしかして、怪物に呑み込まれちゃったのかな…」
トーマスがそう呟いた時、トンネルの暗闇からトビーがゆっくりと現れた。それも、一生懸命、何かを後ろ向きで引っ張っていた。
彼と一緒に現れたのは、なんと、くたびれた格好のタンク機関車だった。
ボディは埃と錆だらけで、金色の煙突も輝きを失い、跳ね除けも一つ失くしていた。
怪物の正体は彼のいびきだったのだ。
「なんか用?」
タンク機関車は寝起きの目をしぱしぱさせながら口を開いた。
「こりゃあ たまげた。君って もしかして…、あれ、誰だっけ」
トーマスが頭の片隅からその機関車の事を思い出そうとしていると、その機関車がまた口を開いた。
「21号さ。ところで 今、何年の何月だい」
その日の夕方、トーマスとトビーは、パーシーに訳を話した。
「なーんだ、怪物なんて いなかったんだね」
「さっきは からかって ごめんよ。ほんとは 僕も ちょっぴり恐かったんだ」
「僕も 休憩の邪魔して ごめん。それで、そのタンク機関車は、結局 誰だったの」
「むかし、エドワードの支線で働いていた機関車だって。何で50年もそこにいたのかは教えちゃくれなかったけど」
それから何年かが経って、21号は見違えるようになって線路に復帰した。
旧くも新しい助っ人が増えたのでトップハム・ハット卿も大喜びで彼を歓迎し、「フレデリック」という名前を与えたのだった。
フレデリックは名前を貰って嬉しそうだった。
今、彼は誇りを持って意気揚々と操車場を走り回っている。
彼が出てきてからは、もう鉱山で不気味な鳴き声はしなくなったのだった。トーマスもパーシーも、そしてディーゼルも、これで一安心。
おしまい
【物語の出演者】
●トーマス
●パーシー
●トビー
●アニー
●ネッド
●トーマスの機関助士
●エドワード(not speak)
●メイビス(cameo)
●ソルティー(mentioned)
●クララベル(mentioned)
●トップハム・ハット卿(mentioned)
【あとがき】
リメイク第18弾は2015年投稿のP&TI S13 E23『トーマスと謎の鳴き声』でした。軽率にキャラクターを増やす二次創作にありがちな展開です。
フレデリックは、オリジナル版では設計者のウィリアム・ストラウドリーから肖ってウィリアムと云う名前でしたが、同じ名前のキャラを生み出した同業者が多かったので、変更しました。ちなみに名前の由来はハーウィックの第5男爵フレデリック・レガビー卿から。元の物語との違いは、そのフレデリックと云う名前と、敵役*1と、舞台*2の変更のみです。
このお話、今投稿すると、公式のS20『おそろしいようかい』と丸被りなんですよね。どちらかがパクリとかではなく、本当に単なる偶然なのです。他にも2014年にコーヒー・ポットを題材にした長編を書こうと予告出せば、間もなくグリンというキャラが世に出てきたり、ゴードンにちょっかいを出す箱型機関車のタイニーを考案すれば、公式からフィリップが出てきたりと、私は遠く離れたアンドリュー・ブレナーと物凄く気が合うのかもしれません。(笑)