その日、ゴードンは快調に急行列車を牽いて飛ばしていた。風を切り裂く青いボディはまるで春を伝えに来る季節の変わり目のようだ。
「いいぞ、順調だ! 今日こそは 最高記録を 叩き出してやる」と、彼は強く意気込む。
しかし、目の前の信号が赤に変わり、ゴードンは緊急停車を余儀なくされた。このままいけば最高記録だったのに。ゴードンがモヤモヤしながらそう思っていると、「カンカン」と鐘の音を響かせて、消防機関車のベルが後方から急行用線路に割り込んできた。
彼女はそのまま待機しているゴードンを追い越して、火災現場へと駆けて行った。
ベルは特別な機関車だ。タンクの上に強力な放水銃が二つ備えつけられている。特に火事の時にはとても役に立つ。
ヴィカーズタウン駅に到着して間もなく、火の手の上がる家屋の方へ向きを変えた放水銃から、水を勢いよく噴き出して、あっという間に消火活動を終えてみせた。
「ありがとう、ベル。これで うちに帰れるわ」
橋桁の下で路面機関車のフローラがお礼を言った。
そこへ、後からゴードンが不機嫌そうにやってきた。火災があった事も知らない彼は、ベルに向かってこう言った。
「全く、いつ見ても 変な格好の機関車だな。きちんとした機関車は、タンクの上に ふざけた放水銃なんて 付けないんだ。第一、消火したら 水を 使い果たして 動けなくなるだろう。フリンだけで十分さ」
「変な機関車。変な機関車」
「フリンで十分。フリンで十分」
と、通り過ぎていくいたずら貨車たちも、ゴードンに続けてからかい始めた。
「黙れよ」
声を荒げたのは消火するまで待機していたファーガスだった。
彼が何かお小言を言う前に、ゴードンは「フン」と、鼻を鳴らして、終点の駅へと走って行った。
「気にするな、ベル。ゴードンは 妬いてるだけさ。君は、レスキューセンターの自慢の種だからね。誰よりも きちんとしているよ」
だが、ベルは彼のフォローを聞いていなかった。ゴードンの言葉に頭がいっぱいだったからだ。
「きちんとした機関車は、放水銃なんか つけないのね」
彼女は一度レスキューセンターへ消防士たちを送り届けると、ソドー整備工場へ向かって走り出した。
ソドー整備工場では、クレーン車のケビンだけがそこにいた。
「こんにちは、ケビン。ビクターは どこかしら」
「ボスは 今 スカーロイ鉄道へ 出張です。今日は どんな要件ですか」
「この放水銃を 外してほしいの」
それを聞いて、ケビンはびっくり仰天。ひっくり返りそうになった。
「どどど、どうしてですか」
「私は今日から きちんとした機関車に なりたいのよ」
ケビンや整備士たちはすごく困惑したが、ベルの目は本気だった。気は進まなかったが、彼らは仕方なく実行することにした。
暫くして、彼らはベルの車体から放水銃だけを取り外した。ベルは文字通り普通の蒸気機関車となった。
「なんだか 物足りないですよ。ベルじゃないみたい。ところで この放水銃は…」
「棄てて結構よ」
その言葉にケビンはまた仰天し、今度は本気でひっくり返ってしまった。
けれども、ベルは満足そうだった。
誇らしげに向上を出た、放水銃の無い普通の機関車になったベルは、まずこれから何をすべきか考えた。
「きちんとした機関車は、貨物列車を牽くのよね」
その時、彼女は工場のわきの操車場で、2つの列をなした貨車と一緒に、積み込み作業を待つロージーがいるのに気が付いた。
ロージーも、ベルに気付き、一風変わった彼女を見て目を丸くした。
「こんにちは。その貨車は どうするの」
「ヴィカーズタウンと、マロンに運ぶの。でも、それぞれ方向が違うから、どうやって運べばいいかで悩んでいるの」
「私が手伝うわ。今日から私は、きちんとした機関車ですもの」
こうして、貨車を受け取ったベルは、楽しそうにマロン駅まで運んだ。
彼女の隣には折り返し列車のゴードンが居た。
「こんにちは、ゴードン。あなたの言うとおり、放水銃を外してみたわ」
「だ、だいぶ様になったじゃないか」
そうは言うものの、ゴードンは内心しまったと思い慌てていた。しかし、ベルはすっかり有頂天になってしまった。
その頃、ケビンは取り外した放水銃をゴミの貨車へ放り出すか否かで右往左往していた。
「ボスが帰ってくるまで 待つべきかな、でも ベルに怒られたら どうしよう」
「やあ。どうしたんだい」
声をかけたのはウィフだった。ゴミの貨車を集めに来たのだ。
彼はケビンの足元を見てこう言った。
「それって、ベルの放水銃かい。まだ綺麗なのに 棄てるなんて もったいないよ」
「そ、そうですよね! やっぱり預かっておかないと」
一方、ベルは放水銃が無い自分を仲間たちに見せびらかすように、元気に島を走り回っていた。
「シドニー、こんにちは!」
「こんにちは。うーん、今の誰だろう」
中には放水銃が無いとベルと判別できない仲間もいた。
ベルは再びヴィカーズタウン駅の前へやってきた。下を走るフローラにもこの事を話そうとしたちょうどその時、上空からヘリコプターのハロルドが大慌てでやってきた。
「ベル、探したよ。 ウェルズワースの操車場で大火事だ」
「それなら きっと、フリンが やってくれるわ」
「フリンは 今やってるけど、放水銃が一本 壊れているんだ。今 必要なのは 君の力だ」
その言葉に、ベルは「ハッ」と目が覚めたように機関士に逆転機を使うように言い、バックのまま全速力で、一か八かソドー整備工場へ戻って行った。
「まだ工場に あるといいけど…」
ソドー整備工場の操車場では、ケビンがロージーに事情を話していた。
「そのまま預かっていた方がいいわ。ベルの大切な物でしょう」
そこへ、ベルが滑り込んできた。ケビンは保管していたことを怒られるかと身構えていたが、彼女へ真剣に言った。
「ケビン、今すぐ放水銃を取り付けてちょうだい。緊急事態なの」
「もう! ベルったら、二度と放水銃を棄てるなんて 言わないでくださいよ!」
ケビンはそう言いながら作業に取り掛かったけれど、何処か嬉しそうだった。
ウェルズワース駅ではフリンが燃え盛る炎と懸命に闘っていた。使える放水銃が一本しかないので、苦戦を強いられている。駅に居た乗客や鉄道員たちも、エドワードの水槽から水をホースとバケツで汲んで、バケツを手渡しで消火活動に取り組んでいた。
「くそっ、こんなときにベルがいてくれたら…!」
フリンや、誰もがそう思っていたその時、辺りに「カンカン」という聞き慣れた鐘の音が鳴り響いた。皆の待ち焦がれた彼女がやってきたのだ。
「待たせて ごめんなさい!」
「話は後だ、君のその放水銃で、火に水を浴びせてくれ」
と、フリン。
ベルの機関士が放水銃を火の手へ向け、勢いよく水を噴き出させた。
その姿はとても圧巻で、勇敢なかっこいいヒーローのようだった。
そして間もなく、ベルの活躍によって火は打ち消された。
皆煤だらけで真っ黒だったが、喜びの感情の方が大きくて、万歳と歓声を上げた。
「今日の主役は君だよ、ベル。最高の消防機関車で、最高のヒーローさ!」
「ありがとう、フリン。でも、走る分の水が もう残っていないの。こんな私じゃ、きちんとした機関車と 云えないわね」
「そんなことないよ」
と、エドワードが優しく云い、かろうじて生き残った貨車を運びに来たファーガスも、
「本当に きちんとした機関車っていうのは、自分の やるべきことを 果たした機関車ってことだよ」
と、言ったのだった。
おしまい
【物語の出演者】
●エドワード
●ゴードン
●ファーガス
●ロージー
●ウィフ
●フローラ
●ベル
●シドニー
●いたずら貨車たち
●ケビン
●フリン
●ハロルド
●トップハム・ハット卿(cameo)
●ビクター(mentioned)
【あとがき】
リメイク第4回は2013年6月15日投稿の、S12 E03『普通の機関車ベル』でした。ダックとボコの役割をファーガスがやり、パーシーの立場をロージーにするなどキャラクター以外内容は全く変わっていません。
普通(normal)よりも”きちんとした(proper)”の方がしっくりくるし、変な形でも「きちんとやる」*1が口癖のファーガスとも絡ませたかったのでタイトルを変更しました。それにしても出力弱いくせにやたら行動範囲広いっすねコイツ。
*1:※本来のニュアンスとして原語版は"Do it right!"