タンク機関車のトーマスには、好きな物がたくさんある。
自分が担う支線や、自身の青いボディ、トップハム・ハット卿に信頼される事、それから自分に手を振ってくれる子供たち。
だけども、好きなものがあれば当然嫌いなものもある。それは他の機関車も人間も同じことだ。例えば、大きな機関車に「チビ」とからかわれる事や、意地悪なディーゼルと働くことが嫌いだ。
中でも特に嫌いな物は、魚だった。
ある日、トーマスが幸せな気分で支線から大きな駅へ戻ってくると、ダックが魚の貨車を押して彼の隣で止まった。西から吹く海風が、貨車につまれた新鮮な魚の匂いを運んでいき、トーマスのボディにまとわりつく。先ほどまでの幸せはどこへやら、彼の顔はあっという間に曇り始めた。
「ぐふう。なんて臭いんだ。ダック、その貨車を 早く何処かに退けてくれよ」
と、トーマスが文句を言うと、ダックはクスクス笑った。
「悪いけど、作業員さんが来るまでは 退かせられないよ。その様子じゃ まだ 克服できてないみたいだね」
「克服だって、冗談じゃない。そういう君は もう大丈夫なの」
すると、ダックが得意げにこう言った。
「もちろんだとも! なんてったって グレート・ウェスタン鉄道の機関車だからね。苦手なものは 何でも 克服するよ。そうだろう、オリバー」
「ああ。僕も 雪が大嫌いだったけど、トードや子供たちのおかげで、今は 大好きさ」
「さすがは オリバー、立派なグレート・ウェスタン鉄道の機関車だ。トーマス、君も 苦手な物は 克服しておいた方がいいよ。もし任されたら 困るだろう? それじゃ」
そう言うと、ダックは貨車を置いたまま駅を離れて行った。
「ふん、なんだよ」
トーマスはつまらなそうに鼻を鳴らした。
後になって、トーマスは折り返し列車の準備をしていると、アニーとクララベルが、残されたブレーキ車のトードとお喋りをし始めた。
「ダックとオリバーって、素敵よね~!」
「ええ、そうですね、クララベルさん」
「苦手なものを 何でも 克服しちゃうんですもの」と、アニー。
だが、トーマスはちっとも面白くない。
「ダックの話は やめてよ。今 気が立ってるんだ」
トードは気を遣って他所を向いたが、アニーとクララベルは抗議した。
「貴方も何か克服すればいいじゃない」
「そうすれば、きっと素敵な機関車になれるわ」
「よせよ、そんなの 出来っこない。魚の事を考えるだけで、身震いするもの」
でも、トーマスは心の中ではダックの話の事を気にしていた。もしかしたら次の日、ハット卿が魚の配達や、ディーゼルと働けと命令するかもしれない。彼は口では何も言わなかったが、もしもの為に何か一つ苦手を克服しようと心に決めたのだった。
翌朝、早起きしたトーマスは、始発列車を牽く前にブレーキ車を持って、島の東側の支線にある漁村へやってきた。辺り一面は猛烈な魚の匂いで覆われている。
「うーん、鼻が曲がりそう」
そこへ、近くの機関庫から一台のタンク機関車が出てきて彼に声をかけた。
「おはよう、トーマス。久しぶりだね。ここで 何をしているの」
「やあ、アーサー。これから 苦手を克服するために 魚を運ぼうと思ってるんだ。アニーとクララベルには 内緒だよ」
その言葉にアーサーはとても驚いて目を丸くした。あのトーマスが、自らこんな事を頼むだなんて。でも、彼は喜んで協力してくれた。
早速、アーサーは魚の積まれた貨車や冷凍車を用意した。ブレーキ車が先頭に、トーマスは最後尾に連結された。支線を出るまでは後退して進み、本線では車掌に前を見てもらいながら前進するのだ。
「これを ティッドマスまで運んでね。でも、本当に 大丈夫かい」
「平気だよ。自分から やるって言ったんだ、責任もって 運んでやるさ」
と、心配するアーサーを横目に、トーマスが意気込む。
だが、魚の貨車をいざ目の前にすると彼はゾッとした。鼻に付く生臭い匂いは彼の不安を煽る。車掌の合図とともにトーマスは汽笛を鳴らして出発した。
間もなくトーマスは支線を出て、クロヴァンズ・ゲート駅を通りかかった。隣のプラットホームから、乗客の乗り降りを待つレニアスが、前に連結されているスカーロイに囁いた。
「ごらんよ。トーマスが、大嫌いな魚を運んでるぞ」
「本当だ。オーイ、頑張れよ トーマス!」
スカーロイとレニアスの掛け声に合わせて、周りの人達もトーマスに声援を送った。
それを聞いたトーマスは嬉しくなってみんなに向けて汽笛を鳴らした。先ほどまでの不安や疲れが吹っ飛んだかのように気分が晴れやかになったのだ。
「ピッピッピー! ありがとう!」
でも、中には彼の頑張りを貶したり、からかう連中もいた。
「やっぱり お前は 島で一番 臭い蒸気機関車だな」
「そんなもの、よく 運べるよな。さすが、チビの君らしいや」
すれ違いざまにディーゼルとスペンサーが、トーマスの嫌悪感を煽るように言った。
そんな時は、機関士のボブが励ましてくれる。
「気にするな。今は この仕事を やり遂げる事に 集中するんだ」
その頃、トップハム・ハット卿は大きな駅でトーマスを探していた。そんな時、突然入った漁村からの電話で彼はびっくり仰天。
「トーマスが 勝手に貨車を!? わかった。支線の事はダック、君に任せる」
ハット卿は通話を切った後、直接彼にそう言った。
この事に、客車のアニーとクララベルは彼と働けることに喜んだ。
トーマスの速度が落ちていく度にボブは励ましたが、やがて限界が来たようだ。
この強烈な匂いが鼻の穴へ入っていくにつれ、魚がタンクで飛び跳ねる、あの苦い思い出が目に浮かぶ。先ほどまで自信満々だった彼はもうどこへやら、トンネルを抜ける頃には涙目になっていた。
もう彼は我慢できない。トーマスは乱暴に体を揺さぶって連結器を振りほどき、思いっきり貨車を突き飛ばした。貨車の一部はガッシャーンと音を立てて脱線してしまった。
つかえが取れたように自慢げに鼻を鳴らしたトーマスは、隣の道路でトップハム・ハット卿の車がいる事に気が付くや大慌て。車から出てきた彼は不機嫌そうに顔をしかめて、こちらへ近づいてくる。
「苦手な物を進んで克服しようとする姿勢は誇りに思うが、その態度は なってないぞ」
「ごめんなさい。自分で言ったことを 忘れていました。今度こそ 最後まで責任を持ってやります。…いいでしょうか?」
「わかった。急いで運ぶんだぞ。市場の人達が待っているからな」
トーマスが元気に「ピッピー!」と返事をすると、機関士と助士は梃で貨車を線路に戻して再び連結させ、トーマスは深呼吸して改めて覚悟を決めた。
こうして再びトーマスの特訓が始まった。
長い道のりと思っていたが、気が付けば、大きな駅は目と鼻の先だ。一つ前の駅ではエドワードが彼の通過を待っていた。
噂を聞きつけてファーガスも彼の頑張りを見ようと操車場からホームの方へ出てきた。
「手伝おうか」
「平気だよ、エドワード。僕一人で やるって決めたんだ」
「なら あと一息だ、最後まで きちんと熟すんだぞ」
ファーガスも励ますと、トーマスは勇ましく「ピッピッピー!」と汽笛で応えた。
そして沢山の駅や、野を、丘を、橋を、トンネルを越えて、遂にトーマスは終点の駅の操車場に辿り着いたのだった。
「やった、やったぞ、君はついにやり遂げたんだ!」
子供のようにはしゃぐボブを見て、トーマスも嬉しくなった。
駅で到着を待っていた機関車たちやハット卿も万歳三唱を送ったのだった。
「おめでとうございます、トーマスさん。昨日よりも ずっと勇ましくなりましたね」
ブレーキ車のトードが言った。
「完璧には 克服できなかったけどね」
「最後まで届けられたのは 大きな一歩ですよ。その調子です」
「ダックだって ああ言ってるけど、本当は強がっているんだぜ」
と、オリバーも言う。
「そうなんだ。だけど、当分 魚は見たくないなあ」
その言葉に、みんな大笑いした。
おしまい
【物語の出演者】
●トーマス
●エドワード
●ダック
●オリバー
●ファーガス
●アーサー
●スペンサー
●スカーロイ
●レニアス
●アニーとクララベル
●トード
●トップハム・ハット卿
●ボブ
●デューク(cameo)
●スクラフィー(cameo)
●バルストロード(cameo)
【あとがき】
お久しぶりです、ぜるさんです。Studio移行というちょうどいいタイミングを皮切りに、P&TIの方針変更に伴いS10~13の一斉削除を行いましたが、昔の作品が好きだったという方々の為にオリキャラを排除した*1リメイク作品を全部で14話用意します。
今回のお話はPToS S12 E11(2013年11月19日投稿)のリメイクでした。私自身も気に入っているシナリオの一つですが、突飛なキャラ使いや架線も使わず走る電気機関車の脇役がナンセンスであったため、登場キャラクターを一部変更し、公式第7シリーズっぽく厳選しました*2。なお、後年のシリーズのために造ったファーガスは、このリメイクで初登場になります。